命についてのレクチャー 講師:荒井裕樹先生「コロナ禍における「優生思想」について」2020年8月28日

2020年8月28日に党内で、
命についてのレクチャーをオンラインで開催いたしました。

今回の講師、荒井裕樹先生より、
文字起こしの公開を承諾いただきましたので、
以下、掲載いたします。


山本太郎:
それでは時間となったので、始めさせていただきたいと思います。よろしくお願い致します。れいわ新選組の命の勉強会、始めたいと思います。本日、講師として教えていただく先生はですね、荒井裕樹先生です。よろしくお願い致します。

荒井裕樹:
よろしくお願い致します。

山本太郎:
二松学舎大学文学部准教授、専門分野は日本近現代文学、障害者文化論。障害者・ハンセン病者等の表現活動や障害者運動の歴史の中での自己表現活動を探究されているということです。先生、お忙しい中、本当にありがとうございます、お時間いただきまして。

荒井裕樹:
こちらこそ、ありがとうございます。

山本太郎:
よろしくお願い致します。

荒井裕樹:
よろしくお願い致します。では、お話をさせていただいてよろしいでしょうか? 

山本太郎:
はい、お願い致します。

荒井裕樹:
 今日は「命についてのレクチャー」ということで、「コロナ禍における優生思想について」というテーマでお話いたします。今、社会がコロナの問題で混乱している中、「優生思想」的な発言や価値観が、むき出しの形で現れてきているという風に思っています。
 そうした事柄について、思うところをお話させていただこうと考えています。

 まず、「優生思想」というのは、二つの視点を分けた形で考える必要があるのではないか、と思います。
 一つ目の視点というのは、中身の問題ですね。「優生思想」という、イデオロギーの中身の問題です。
 二つ目の視点は、言葉の問題です。つまり「優生思想」という言葉の使われ方の問題で、これは歴史的な経緯と、現代社会との関連について考えなければならないと考えています。

 私は元々文学を研究していた人間ですので、どちらかと言うと「言葉と社会の関係」といったところに研究の重心があります。なので、今日も二つ目の視点、「言葉の問題」というものを、どちらかというと厚めにお話をさせていただこうと思います。

 では、二つ目の視点、大事な方からお話させていただこうと考えています。

■1・・・「優生思想」という言葉の問題

 現在メディアなどで使われている「優生思想」という言葉は、大まかな意味としては、かつて19世紀末から20世紀にかけて発展したような「優生学」――これは科学の体裁をとったイデオロギーのようなものなんですけれども――を念頭に、障害者差別の根底にある価値観とかイデオロギーといったものを指しているように思います。
 それからもう少し幅広く、「命の選別」を肯定したり、「命の選別」に繋がっていくような価値観やイデオロギーについても、「優生思想」という言葉を使って名指ししているように思います。
 「優生思想」という「言葉」の経緯について整理しますと、この4文字の言葉が、現在のような意味で使われ始めた経緯というのは、1970年代に起きた障害者解放運動に原点があります。
 特に、日本脳性マヒ者協会「青い芝の会」という団体に集った人たちが、障害者差別を批判する文脈で積極的に使い出した、という経緯があります。
 そもそも、1970年代には、「障害者はいない方がいい」という価値観が「障害者差別」として認識されていなかったように思います。それくらい、こうした考え方が「普通」「当たり前」だったわけです。
 「障害者はいない方がいいんだ」という価値観に対して、青い芝の会の人たちが「そういった考え方自体が障害者に対する差別なんだ」と、社会に対して問題提起をした。それが1970年代からであるということです。

 つまり、「優生思想」という言葉は、いまから約半世紀くらい前から使われ出した言葉である、という風に考えてよいかと思います。

 当時の障害者運動家たちは、ナチス・ドイツによる障害者虐殺、これは「T4作戦」なんていわれるものが一番有名なんですけれども、そういったものを念頭に「優生思想」という言葉を使い出しました。
 ただし、「優生学」はナチス特有のものではありません。日本にも「優生保護法」という法律がありました。その点は忘れてはいけません。

 「優生思想」という言葉は、1970年代では主に「資本主義」や「産業化社会」への批判と重ねて使われていました。当時は高度成長が一段落した時期で、戦後日本の経済的な発展が一応の到達点に達し、社会全体が元気だった時期です。
 そうした時期には経済至上主義的な価値観を疑う人は圧倒的に少なかったのですが、障害者運動家たちは、そうした風潮に対して反旗を翻したわけです。社会全体が「働く=稼ぐ=善」といった空気になれば、逆に「働けない障害者=悪」になってしまう。経済活動に関われない障害者たちを否定する価値観に対して、障害者運動家たちが闘う武器として磨き上げたのが、「優生思想」という言葉でした。

 先ほど示した「青い芝の会」が「優生思想」という言葉で批判したのは、主に次のような事柄でした。
 ひとつは「優生保護法」です。第一条の条文には「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」とあるのですが、この「不良な子孫」とは誰のことなのか? といった問題提起したわけです。こうして人間の生命を「良」「不良」と切り分ける価値観を「優生思想」という言葉で批判しました。
 また、1970年代の前半には、「優生保護法」の改定が摸索されました。当時、出生前診断の技術が進展していたこともあって、羊水に含まれる染色体の欠片のようなものをチェックして、胎児に染色体異常に由来する障害があるかどうかを見つけ出す技術が普及してきたわけです。
 そういったこともあって、「優生保護法」という法律の中に、胎児に障害が見つかった場合に中絶を可とする「胎児条項」の導入が模索をされました。それに対して「青い芝の会」が、「それは優生思想である」という形で批判し、反対しました。
 今は「出生前診断」という言い方が一般的ですが、1970年代当時の「青い芝の会」は「胎児チェック」という言い方をしていました。この「胎児チェック」反対運動でも、「優生思想」という言葉が数多く使われました。
 ただし、少しだけ細かい話をしますと、「胎児チェック」に反対したのは「青い芝の会」の神奈川県連合会という支部が中心だったんですけれども、神奈川県連合会の主張っていうのは、冷静に振り返る必要があると思います。
 どういうことかというとですね、神奈川県連合会の運動家たちは「胎児チェック」を「公立病院(県立病院)ではやめてくれ」という言い方をしているんです。
 つまり、少なくとも「公の機関」「公の立場の人たち」は、そうした価値観を認めたり、すすめたりするべきではないというわけです。

 それから、「安楽死法制化」に対する批判や反対の場や、巨大施設建設などに対しても「優生思想」という言葉で批判が展開されました。
 障害者たちによる安楽死への反論というのは、1960年代から見られ始めますがただ、本格化するのは1970年代からです。
 現在では、「安楽死」というと「回復の見込みがない末期の患者に対し、苦痛緩和を目的として施される処置」といったイメージがあるかと思うんですけれども、1960年代の新聞記事や週刊誌のようなものを探っていくと、当時は「生きる喜びを得られない重度障害者たちを、このまま生かしておくことは本当に人道的な行いなのだろうか」といった議論がなされているんですね。つまり、「安楽死」の主たる対象に重度障害者が含まれていたわけです。。
 日本の障害者団体の中には「安楽死」という言葉に特別な警戒心を抱く人たちが少なからずいるのですが、それは歴史的な経緯があるわけです。かつて自分たちが「安楽死」のターゲットとして目されたという、時代の空気感や社会風潮というようなものを、当時の障害者運動家たちは感じていたわけです。

■2・・・言葉が「更新」されていない

 前置きが長くなりましたが、ここから今日の話の本筋になっていきます。
 「優生思想」という言葉の問題で、気になる点がいくつかあります。
 今振り返ってみた通り、「優生思想」という言葉は、約半世紀前、障害者差別と闘うために障害者運動家たちが使い出した言葉でもあります。
 そうすると、約半世紀前の言葉が、当時とほとんど意味が変わることなく、今なお使われ続けていることの意味というのを、私たちは考えなければなりません。
 これは、問題点がふたつあると思います。ひとつは、「優生思想」という価値観が、それだけ根が深く、解決するのが困難な問題である、という点です。もうひとつは、障害者差別と闘う言葉、あるいは障害者差別を批判するような言葉というものが、この半世紀の間、ほとんど更新されていないのではないのか、という点です。
 特に二つ目の点に、私は懸念や不安を感じています。
 例えば、相模原の障害者施設殺傷事件があった後に、「障害者も同じ人間だ。だから、ああいった事件は許されるべきではないのだ」というような主張が、いろんなところでなされました。
 「障害者も同じ人間だ」というのは、主張としては全く間違ってはいないわけです。しかし、「障害者も同じ人間だ」というフレーズは、歴史的に考えるとかなりややこしい事態を招いてきた、というのも事実です。
 例えば、かつてハンセン病療養所の中では、患者たちに対する優生手術が行われていました。療養所の中で患者同士が結婚する際に、男性に対して子どもができないような手術が施されたり、あるいは、妊娠した女性に対して、ほとんど強要のような形で中絶が求められたり、といった事態がありました。
 当時の患者たちが書いた文章や文学作品を調べてみると、中には患者自身が「障害者も同じ人間なのだから、不幸な子どもを産むべきでない」といった意見を述べているものがあります。そういった形で優生手術というのを、自分たちで、やむを得ないものとして引き受けてしまった、引き受けさせられてしまったわけです。
 「障害者も同じ人間だ」という意見は、ひっくり返してみると、「あなたも同じ人間なのだから、もっと遠慮しなさい」といった形で悪用されてきたというか、障害者たちにとって不利益を押しつけるような形でも使われてきたんですね。
 なので、相模原の事件後、「障害者も同じ人間」というようなフレーズが出てきたとき、私は非常にモヤモヤとしました。それ自体は全然間違っていないんだけれども、歴史的に見ると、かなりややこしい事態を招いてきたフレーズだったからです。

 障害者差別と闘う言葉が更新されていない、という点について、もう少し掘り下げてみたいと思います。
 例えば、性差別や性暴力、あるいは性の在り方を表す言葉っていうのは、近年非常に多様化しています。
 1989年、日本で初の「セクシャル・ハラスメント」が問われた裁判があり、この言葉はその年の新語・流行語になりました。つまり、「セクシャル・ハラスメント」という言葉が使われるようになって大体30年くらいが経過したわけです。
 いまや、この言葉は完全に日常語になり、「セクシャル・ハラスメント」も「環境型」や「対価型」など、様々に細分化されたり、あるいは「パワー・ハラスメント(パワハラ)」「モラル・ハラスメント(モラハラ)」といった関連する言葉も増えてきました。
 それから「ドメスティック・バイオレンス」や「デートDV」といった言葉が登場したことで、たとえ婚姻関係や交際関係にあっても暴力が成り立ち得(う)る、といったことが認識されるようになりました。直近では、性のあり方の多様性を表わす言葉が急速に浸透してきましたね。「LGBTQ」といった言葉も、ほとんど注釈なしで使えるようになってきたのではないでしょうか。

 こうした言葉の多様化に比較して、例えば「障害者差別」を表す言葉というのは、どれくらいバリエーションがあるのか、ちょっと立ち止まって考えてみたいんですね。
 例えば、知的障害者が丁寧な説明を求めても拒否されてしまう。ろう者が筆談でのコミュニケーションを拒否されてしまう。車いす利用者が公共施設や交通機関の利用を制限されてしまう。冷静に考えてみると、こうした各障害種別に受ける社会からの不利益や冷遇を、それぞれに言い表す言葉があってもいいように思うんですね。
 もしかしたら各業界の中では特別な言い方をしている場合があるかもしれませんけど、こういった言い方に対して、私たちは現状、「障害者差別」という言葉しか持ち合わせていないんですね。
 そもそも、これが障害者差別に当たるのか否かを、まだまだ説明しなければならない段階なんです。こういう事態が起きても、「いや、これは区別であって差別じゃないんだ」とかですね、そうしたことを一から説明しなければならない状態です。

 似たような事例も少し考えてみましょう。
 例えば、災害時に路上生活者が避難所への避難を拒否される、といった自体が、実際に去年の台風19号の際に台東区で起こりました。災害時に路上生活者が避難所への避難を拒否される。これは、なんて言ったらいいんでしょうか。こういった社会からの排除のあり方って、まだ名前がないんですね。
 あるいは、日本語に不慣れな外国人が話し方などを茶化されたりする。例えばコンビニなどで、日本語に不慣れな外国人店員の対応が茶化されたり、嫌がらせを受けたりすることがあります。これも言い表す言葉がないんですね。「○○ハラスメント」のような言い方が存在していません。
 この社会には、まだまだ「名指されていない差別」というのが多いわけです。それは名指されてないだけで、差別が存在していないわけではありません。

 しばしば勘違いされることなんですが、「差別を言い表す言葉が少ない」というのは、「その社会に差別が存在しない」ことを意味しているわけではありません。その社会の「差別への感度」が鈍いということを意味しているのだと思います。女性差別に関する言葉が少なかった時代というのは、やはり女性差別への感度が鈍かったのだろうと思います。
 差別や暴力に関する言葉、あるいは性のあり方を表す言葉が多様化してきたというのは、社会の中でこういった事柄に対して関心を持つ人たちが増えてきたことを意味しますし、そのために努力してきた人たちがいた、ということです。

 日本の障害者運動というのも、非常に長く、しぶとく続けられてきたと思います。大変長い積み重ねがあります。でもなぜか、その言葉がまだまだ社会へと広く響かないというか、染みていかないんですね。
 考えてみれば、日本は「権利」に対する感度も鈍いですね。「権利」に対する感度が鈍い社会は、裏返すと、「差別」に対しても鈍くなってしまう。そういった関係にあるのではないでしょうか。

 これに関して、少し脱線させてください。「言葉」という面で、最近のコロナ禍で気になるところをお話させてください。
 最近、テレビや新聞などで、「隔離」という言葉がずいぶんと頻繁に、あるいは無防備に使われているところに、とても危ういものを感じています。新型コロナウィルスの感染拡大を抑えるためには、感染源となっている無症状の人たちにも検査をし、陽性者を速やかに隔離していく必要があると、しばしば主張されています。
 無症状の人たちへのスクリーニング的な検査というのがどれだけ有効なのか、そのあたりの医学的な議論というのは私はまだよくわからないところが多いんですが、少なくとも、陽性者を「隔離」という際の、この「隔離」という言葉が無防備に使われてるところには、すごく危機感を覚えています。

 感染症と隔離の歴史という点では、日本はハンセン病差別の歴史という大きな過ちを抱えているわけです。これ以外にも、精神科医療では世界的にも稀な長期入院の問題がありますし、障害者の入居施設の歴史でも、「隔離」という問題が深く関わってきました。
 確かに、感染症の問題では、状況によってはどうしても隔離が必要になる場合があります。ただし、隔離には私権や人権の制限が伴います。つまり、この言葉は腹に力を入れないと出てこない言葉というんでしょうか、おいそれとは口に出せないはずの言葉なんです。それが今、あまりにも多くの人の口から、あまりにも容易く出てきてしまっている。

 この点に関して、懸念を3点申し上げます。
 まず1つ目は、「抑圧は言葉から始まる」と思うんですね。特定の人たちにまつわる言葉が軽んじられるところから、その人たちへの抑圧が始まっていきます。私は学校関係者なので、肌感覚でわかるのですが、例えば教室の中で、ある生徒へのあだ名が乱暴になったり、呼び方が乱暴になったりすると、ちょっと危険だなと思ったりします。その人たちに向けられる言葉が荒っぽくなるところから、抑圧は始まっていく。
 2つ目の懸念として、「歴史は言葉から磨耗する」と思います。京都のALS患者の殺害事件に関して、石原慎太郎元都知事が発信したツイートの中に、「業病」という言葉が使われていました。実は、ここでこの言葉を口にするのも憚られるのですが、それくらい、この言葉は多くの人たちを傷つけてきた言葉です。
 特にハンセン病を患った人たちは、この言葉によって差別されてきました。そうした言葉に張り付いてきた「歴史」が忘れられてしまう。なかったことにされてしまう。そういった意味で、歴史は言葉から摩耗していくのだと思います。
 3つ目の懸念ですが、これは世界的に盛り上がる「Black Lives Matter」とも関わります。言葉を軽んじることが、この運動とも関わっていると思います。
 今、私が申し上げたような事柄、例えば、かつて「隔離」によって非常に深刻な人権侵害が行なわれた。だから、この言葉が氾濫するという事態は危険だし、この言葉自体も慎重に使われなければならない、といった話をすると、次のような反論がきます。
 確かに、日本にはハンセン病患者の隔離政策のようなものがあったかもしれない。でもそれは昔のことであり、ごく一部の人たちのことででしょう。精神科医療や、障害者の入居施設の問題もあるかもしれない。でも、それは社会の一部の人たちに関わることでしょう。今はコロナ禍という緊急事態なのだから、社会全体を守るためには、そうした一部の事例や過去のことを掘り起こして、大げさに騒ぎ立てるべきじゃない。今はそれを議論してる場合じゃないんじゃないか。
 こうした批判を受けるんですね。

 「今はそれを問題にしていない」「それはそんなに大きな話じゃない」これは英語で言うと「It’s Not Matter」になるでしょうか。「たいした問題じゃないよね」といった感じです。
 「Black Lives Matter」というのは、こうした「It’s Not Matter」への異議申し立てであるように思うんですね。つまり、「それは大した問題じゃない」といった態度によって、黒人たちが受ける不利益や差別がずっと無視され、軽んじられてきた。そうした態度に対して「いや、私たちはその『問題』の中で生きてるんだ」と。あなたたちが大した問題じゃないと言い放った、その問題の渦中で苦しんでいるんだと。そうした怒りが爆発したのが「Black Lives Matter」運動なのだろうと考えています。
 この社会の中には、何か大きな問題が起こった際、真っ先に切り捨てられてしまう人たちがいる。そうした人たちが「切り捨てられる」こと自体が「大した問題じゃない」とされてしまう人たちがいる。自分たちは、そうした切り捨てられる生(生命・人生・生活)を生きているんだ! という怒りが、この運動に込められているように思えるんですね。

 コロナ禍の中で「隔離」という言葉を無防備に使ってしまう感覚と、「Black Lives Matter」を支持する怒りというのは、決して無関係ではないわけです。こうした状況にある今だからこそ、過去を振り返り「非常時に置き去りにされるもの」というのをしっかりと見なければならないだろうと考えています。

■3・・・「議論」が暴力にならないために

 話を戻しましょう。
 今の話を受けて、ここでは「安楽死」や「尊厳死」、それから「命の選別」といった議論などについても、やはり議論そのものの前に、過去の事例を学ぶことが必要だと申し上げたいです。
 そもそも「議論させろ」というフレーズ自体、私自身はあまり好きではありません。というのは、「議論をさせろ」というのは、往々にして「強い立場の人」が「好きなことを言わせろ」の意味になりかねないわけですね。そもそも、対等な議論の場が、きちんと保証されているのだろうか。まずは、その点を考えねばならないわけです。
 それから、「議論」の前に「知る」ことが必要です。過去の事例を知るということが、先にあるはずです。こうした前段階を踏まずに、乱暴に議論してしまうと、「ここまで言っても大丈夫」という悪しき前例を作ってしまいます。特に「安楽死」や「尊厳死」といった、人の命が関わる問題については、「議論させろ」という主張自体に対して、慎重に向き合わなければならないと考えている次第です。

 相模原事件に関連して、あるいはその報道や社会的な反応に関しても、こうした問題を心配しています。
 簡単に言うと、「議論」や「ただの意見表明」の体裁をとりながら、誰かに対して「その人が生きる意味」を問うような言葉が、非常に乱暴な形で飛び交っているように思うんです。こうした「問い」それ自体の暴力性を、きちんと認識しなければならないのではないか、と。
 例えば、相模原事件の後、あの実行犯の主張に沿うような形で、「障害者に生きる意味はあるのか?」といった言葉がSNS上にたくさん現われました。おそらく、そこまではっきりと「障害者を差別している」といった感覚もなく、ある意味で「素朴」な感覚で発信している人が多いのではないかと思うのですが、こうした問いは、問い自体の中に極めて構造的な暴力が含まれているように思います。
 「障害者に生きる意味はあるのか?」という問いは、非常に反論がしにくいんです。どういうことかと言うと、こういう問い方がされた側、つまり障害者側に、あたかも自分が生きる意味の証明責任が負わされるような構造になってしまうんですね。そうすると、「生きる意味」が証明できなければ、その人の「生きる意味」はないことにされてしまうわけです。突然一方的に突きつけられた問いに、答えられないからといって「生きる意味」が否定される。こんなに暴力的な問いはありません。
 人は誰でも、「自分が生きる意味」について、簡単に説明することなどできません。こういった問いが成立してしまったら、「自分が生きる意味」を社会に向けてわかりやすく説明できない人は、「生きる意味」が存在しないことになってしまいます。
 自分が生きる意味とは何か。自分は何のために生きるのか。これは「内心の自由」です。個々人が自分の内側に抱えて思い悩んだり、近しい人と分かち合ったりする分には構いません。でも、それを誰かに説明せよ、証明せよ、と求めるのは暴力です。私は、こうした問題について「自己の尊厳に関わるプライバシー権」のようなものが必要なのではないかと、考えています。
 なぜ自分は生きるのか。自分の生きる意味は何か。こうした問いは「内心の自由」として、決められないことも尊重されたり、秘匿(ひとく)ができたり、証明責任を負わされなかったり、あるいは、うまく説明できないことも許容されたり、そうした尊厳に関わるプライバシー権を言い表せる言葉というものが必要ではないか、と思うんです。

 これに関連して、いわゆる「人生会議」というものがとても気になっています。自分の最期をどのように迎えるのかについて、周囲の人たちで話をして決めておくことは大事だと思います。でも、そこでも「自己の尊厳に関わるプライバシー権」のようなものが認められるべきだと思うんですね。
 「会議」というと、とにかく「結論を出す」ことが求められてしまうのですが、しかし、命の関することは「結論」を出すこと自体がむずかしいのは当たり前です。決められなかったり、言いたくなかったり、説明できなかったりということも尊重されるべきであろうと思うんです。

■4・・・「優生思想」の「イデオロギー」の側面

 前後しましたが、今日の本題の一つ目の視点、「優生思想」のイデオロギーとしての側面について話をします。

 障害者の存在を否定する価値観と、生命の選別を肯定する価値観というのは、非常に複雑に絡み合う問題です。こうした思想というのは時代を超えて、その時々の社会状況に応じて、命の選別の基準を変えながら現れます。
 「優生思想」がナショナリズムと結びついて現れることもあります。例えばハンセン病患者たちへの断種手術、優生手術の問題を調べていくと、戦前のハンセン病患者が書いた小説の中には「国家のために断種するんだ」と、優生手術を受けることが愛国表現であるかのような小説を患者自身が書いていたりします。
 それから「優生思想」がヒューマニズムの装いをして登場することもあります。大変有名な例で言うと、水上勉(みなかみつとむ)という小説家がいます。水上はある時期、障害者の入居施設というものを作っていく上で、大きな影響力を持った人物なんですが、この水上が、重度の子どもは生きていても可哀想過ぎるので、生死を選別することも必要ではないか、といった主旨の発言をしています。
 それから「優生思想」は経済至上主義のようなものと結びつき、膨らんでいくということもあります。「公共の福祉」のような顔つきをすることもあります。「自己責任論」のような体裁を取るようなこともあると思います。「優生思想」は、どの時代にも、どの社会にもあり得(う)るものなんだろうと。だから、私たちは、どういった時代に、どういった社会の中で、「優生思想」がどういった現れ方をするのかといったところに敏感にならなければならないと思います。

 姫野カオルコさんという直木賞作家が書かれた『彼女は頭が悪いから』という本があります。お読みになった方もいらっしゃるかもしれませんね。2018年に出たのですが、東大生の集団わいせつ事件がテーマになったノンフィクションノベルのようなものです。東大生5人が、マンションの一室に女性を連れ込んで集団でわいせつ行為に及んだ事件をテーマにした本です。
 この事件があったとき、世間はどういう反応をしたか? なんであの女性1人が被害を訴えたがために、優秀な東大生5人の人生が台無しにされないといけないのか、といった形で被害女性がバッシングを受けたり、誹謗中傷を受けたりといったことがありました。
 なんで優秀な人たちが、優秀でない人に危害を加えたからといって、未来を台無しにされなければならないのか。こうした価値観も「優生思想」に繋がるのではないでしょうか。

 「優生思想」と言うと、何かものすごく特別な概念のように思うんですけれども、私たちの日常的な感覚の中に、するりと入り込んでくるものなんだと思うんですね。日常の感覚そのものと密着しているものなのだ、というところを押さえておかなければならないと思います。

■5・・・不気味な「トリアージ」議論

 次に「命の選別」に関わる問題に話を進めさせていただきます。
 コロナ禍で「医療崩壊」の懸念が叫ばれ、「トリアージ」という言葉が一気に浮上しました。緊急時における「命の選別」の問題です。例えばアメリカの一部の州(アラバマ州)では、人工呼吸器が不足した場合、特定の障害のある患者には人工呼吸器を装着しない可能性があるというガイドラインが出されました(後に撤回)。日本の障害学会でも、こうした風潮に対し、障害者の生命が軽んじられないことを求める声明を出しています。 
 「命の選別」に関わる議論は昔からありましたが、コロナ禍の「トリアージ」をきっかけにして、一気に違うレベルになってしまうのではないか。従来の「安楽死」や「尊厳死」の議論とは異なるステージに突入してしまうのではないか。そうした懸念を持っています。

 従来の「安楽死」や「尊厳死」の議論は、「個人の意思」や「自己決定」をどう担保するのかという点が、一つの争点になっていました。私も、そうした「意思」や「自己決定」はどういった形で示し得(う)るのかというのを言葉の問題から議論していたこともあります。
 しかし、トリアージというのは「選別」されるわけですから、「意思」や「自己決定」が介在する余地がないんですね。
 それから、従来の「安楽死」「尊厳死」の議論では、個々人の死生観を法制度で縛れるのか? そうした個々人の死生観を法制度でひとくくりにできるのか? という論点がありました。しかし、トリアージでは個々人の死生観が問われることはないわけですね。

 それから、もし「トリアージ」といったものが進んでしまった場合、それこそトリアージが恣意的に運用されたり、ルーティン化されたりしてしまうんじゃないか、という不安があります。人の命にかかわることに限って、そんなことあるはずないじゃないか、と思う人もいるかも知れませんが、これは「優生保護法」の反省点を精査すると、どうしても出てくる不安だと思います。
 どういうことかと言うと、優生保護法は、かなり恣意的に運用されたり、誰に優生手術を施すのかという審査会が形骸化してしまったり、といった問題がありました。

 それから、これは私の杞憂なのではないか、荒井は考え過ぎではないのかと言われるかもしれませんが、例えばトリアージの議論にジェンダー規範というのでしょうか、そうした価値観が介入する可能性って、今後、本当にないんでしょうか。
 例えば、今、世間一般の中では、女性であれば、結婚し、妻になり、子どもを産み育てる、といった人生を送ることが、ある種「価値のある人生」と判断されることがあります。男性であれば、正社員になり、自分でお金を稼ぎ、家族を養い、といったことが「価値のある人生」と判断されることが多いです。
 こうした性規範のようなものが今なお根強い現代にあって、こういった価値観がトリアージの現場に本当に入ってこないのか、ということです。どういうことかと言うと、足りない人工呼吸器を誰に優先するかとなったときに、「この方はお子さんもいらっしゃらないので・・・・・・」といったような形で、ジェンダー規範に関する問題が「命の選別」の判断基準にするりと入ってきてしまうのではないかと、かなり本気で心配しています。

■6・・・「人権感覚のすべり坂」に抗う

 もう一歩、踏み込んで考えてみます。コロナ禍での「言葉の感覚」みたいなものを追いかけていったときに、「人権感覚のすべり坂」のようなものがやってくるんじゃないだろうかと、私は本気で心配しています。

 3月から4月にかけてですね、志村けんさんや岡江久美子さんといった有名な方が亡くなり、大変な衝撃を受けました。
 こうした形で人が亡くなるという、あまりにも悲しく受け入れにくい事実に接したとき、私たちはついつい「あの人は高齢だったから(仕方ない)」「持病があったから(仕方ない)」といった言い方をして、なんとか自分を納得させようとしてしまうところがあります。
 確かに、医学的には、高齢や持病は重症化のリスク因子だというデータやエビデンスはあります。でも、ある人たちが命を落とすということについて、それに対して「仕方がない」と納得してしまう時、何か大事なものを失っていくように思うんですね。何かが失われていくように思うんです。

 そもそも、年齢や持病は「命を諦められても仕方がない要素」なんでしょうか? もちろん、その人の年齢や、個別の持病にもよるのかもしれませんが、でも、そうしたものは「命を諦められても仕方のない要素」と割り切ってよいのでしょうか。
 本来なら、私たちはもっと医療提供体制といった社会的な問題を考えなければならないんじゃないでしょうか。でないと今後、こうした「命を諦められても仕方がない要素」が拡大していくんじゃないんでしょうか。例えば、喫煙、肥満、生活習慣・・・・・・そうしたものまで「命を諦められても仕方がない要素」になりかねない。そうした「すべり坂」が怖いんです。

■7・・・絶望の底で「同じ方向を見る」こと

 すみません。なんだか暗い話ばっかりしてましいました。時間も迫ってきているので、少し明るい話というか、今後に向けて、どういう風に希望を抱いたらいいんだろうといった話させていただいて、終わりにしたいと思います。

 3月から4月にかけて、社会は大混乱になりました。いくつかの病院では、新規外来患者の受け入れが停止されたり、手術が延期されたり、都市部においては三次救急が止まったりしました。三次救急は文字通り、命の最後の砦です。その三次救急が止まったという点に、私は猛烈な恐怖を覚えました。
 この時期、多くの人が不安や恐怖を感じたと思います。どんなに症状が出ても検査してもらえないとか、病院で診察をしてもらえないとか、救急車を受け入れてもらえないとか、そうした形で「助けてもらえないかもしれない恐怖」「見放されるかもしれない不安」を感じたと思います。
 少し付け加えさせていただくと、私が耐えがたかったのは、こうした恐怖感が政治家たちに全く伝わってなかったという点です。あそこで私たちに配られたのは布マスク2枚だったわけです。生活が立ちゆかないという猛烈な不安の中で示された案が「お肉券」や「お魚券」だったわけです。
 あれは本当に、なんて言うんでしょうかね、自分の命を軽んじられた屈辱というんでしょうか、そうしたものを感じました。そういったものを本気で感じました。政治の中枢にいる人たちが「人々の生き死に対する想像力」をまったく持ち合わせていない。あの絶望感や悔しさは、今後も忘れずにいようと思います。

 ただし、こうした「助けてもらえないかもしれない恐怖」というのは、多くの病者や障害者たちが日々実感している感覚なんですね。大きな健康上の不安なく暮らせている人は、ともすると、病者や障害者たちが日々実感している感覚というのを想像したり、推し量ったりするのが難しいんですね。健康な人と、病気や障害のある人というのは、「同じ気持ちになる」ことは正直難しいです。
 でも、これを機に「同じ方向を見る」ことはできるのではないか。そうした可能性があるんじゃないか。ああした恐怖と共に生きることを強いられている人たちがいるんだと。こういった心細さを押し付けられながら生きている人たちがいるんだと。そうした点をきっかけにして、多くの人が繋がって「同じ方向」を見ることができるんじゃないか。それが先ほど言ったような、「人権感覚のすべり坂」を止める力になるんじゃないか、と思います。

 こうした今だからこそ、政治の現場に、多くの人が感じた「助けてもらえないかもしれない恐怖」に寄り添う言葉、寄り添う理念が必要であると考えています。先ほど名前を出しました日本脳性マヒ者協会「青い芝の会」に横田弘さんという運動家がいました。この会の理念の部分を牽引した、大変有名な障害者運動家です。
 その方の対談集のタイトルが『否定されるいのちからの問い――脳性マヒ者として生きてーー』なんですね。ものすごいタイトルですが、実際に横田弘さんは「自分たち障害者は、何かあれば助けてもらえない、否定される存在なのだ」ということをずっと訴え続けてきたわけです。
 いま、私たちがしっかり自覚しなければならないのは、この「何かあれば自分も助けてもらえない、見捨てられるかもしれない」という現状認識です。こうした状況は、新自由主義の台頭以降、じわじわと社会をむしばんできたのですが、それがコロナ禍によって一気に目に見える形になったと思います。
 こうした不安や恐怖から目をそらすのではなく、「何かことが起きれば、『この私』を見捨てるかもしれない社会や政治」について突き詰めて考えていくことが必要です。
 多くの病者や障害者たちが実感してきたこの感覚を、そしてコロナ禍によって多くの人が突きつけられてしまったこの感覚を、誰かの代弁でもなく、陳情の反映でもなく、痛さ・苦しさの滲んだ肉声として国政の場に響かせられるのは、私が知る限り、現状「れいわ新選組」以外にないのだろうと考えております。
 
 拙い話になりましたが、ご清聴ありがとうございました。お礼申し上げると共に、皆さんのご活躍を祈念しております。


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