れいわ新選組は、高市政権による武器輸出の事実上の全面解禁に強く抗議し、その撤回を断固として要求する。
これまで防衛装備品の輸出を「救難・輸送・警戒・監視・掃海」(5類型)に限定する規制があったが、これが撤廃され、殺傷能力のある兵器を紛争当事国に輸出することも可能になってしまう。
1976年、宮沢喜一外相は「わが国は兵器の輸出をして金をかせぐほど落ちぶれてはいない」と喝破した。あれから半世紀、この国の経済失策のツケを「殺傷兵器の輸出」で埋めようとする今回の決定は、まさしく日本が「落ちぶれた」ことの証明に他ならない。
高市首相は「平和国家の歩みは変わらない」と強弁するが、その政策の実態は、平和と民主主義の根幹を破壊する暴挙である。私たちは、この政策がもたらす「負の連鎖」を断ち切るため、その欺瞞と危険性をここに告発する。
第一に、これは国会と国民を無視した「密室での独走」である。
政府は、国家安全保障会議(NSC)という政府内の密室で輸出を判断し、国民の代表たる国会には「事後的に通知」するだけだという。これは民主的統制の完全な放棄だ。
同盟国である米国でさえ、議会が政府の武器輸出に「待った」をかける事前通知・阻止の制度を持つ。政府が常に議会の監視を意識せざるを得ない最低限のチェック機能が存在するのだ。翻って我が国はどうか。なぜその最低限の仕組みすら設けないのか。これでは、「抑止力強化」を掲げた武器輸出が周辺国の脅威認識を高め、軍拡競争を招く「安全保障のジレンマ」に陥ったとしても、国会はただ眺めることしかできない。
第二に、武器管理の「例外」規定が悪用され、紛争を煽る危険性である。
米国ですら武器の不正転用を防ぎきれていない現実がある中で、日本が実効的な管理を行える保証はない。さらに深刻なのは、「特段の事情がある場合」は紛争当事国へも輸出を認めるという例外規定だ。時の政権の「高度な政治判断」一つで、我が国の武器が国際法違反が疑われる紛争にさえ供給されかねない。しかも、その判断に国会は一切関与できない。これは、日本が平和を構築する側から、紛争を泥沼化させ、憎しみの連鎖を生み出す「死の商人」へと転落することを意味する。
第三に、現在創設が進められている「国家情報局」が、この独走を加速させる危険性である。
今後、NSCに「脅威」に関する情報を提供するのが、まさにこの国家情報局だ。「脅威が膨張している」というインテリジェンスが一方的に提出されれば、国会のチェックなきNSCは、それを根拠に輸出拡大へと突き進むだろう。これは、インテリジェンス機関が政策を正当化し、その政策がさらなるインテリジェンスを要求するという、危険な自己強化のループに他ならない。
軍需産業と政治家・官僚が一体となり、税金を食い物にする「軍産複合体」が、一度回り始めたエスカレーションの歯車をさらに加速させる。紛争解決の現場を知る当事者たちが警告するように、武器の流入は平和を遠ざけるだけだ。最低限、防衛装備品の移転を制限する「5類型」は維持した上で、米国が制度として担保している議会による事前チェックの仕組みを、ただちに日本でも導入すべきである。
れいわ新選組は、戦争ビジネスへの加担を断固拒否する。
国民生活の豊かさは、健全な経済成長と徹底した平和外交によってこそ実現される。30年の不況に対する国民生活にとって必要な供給能力の向上と、30年の経済災害で苦しむ国民への徹底した経済政策(消費税廃止や現金給付、社会保険料の国民負担軽減など)を今すぐやるべきである。一部の軍需産業だけが大きく儲かり、他はそのおこぼれに預かれるかどうか、という偏った戦争ビジネスには、絶対に足を踏み入れてはならない。
我々は、平和国家としての理念と民主主義を守り抜くため、この危険な国策の転換に最後まで抵抗し続ける。
2026年4月24日
れいわ新選組

